おじいちゃん、ありがとう [こうちゃん日記]

廃業理由は免許制度の緩和により小売店の売上減少に伴う社会構造の変化で、もはや個人の営業努力では立ち行かなくなったのです。
本体に及ぶ前に決断をしました。
ケース売りはディスカウント、6缶売りはスーパー、バラ売りはコンビニ、頼みの綱の自動販売機は未成年の非行防止と飲酒運転の温床とメーカー斡旋の自粛、既存の小売店はええとこなしです。
小売店も全盛期の売上10分の1なんてザラなのです。
戦後間もないころから私の祖父が亀岡魚菜と言う小さな市場を開設し、酒類問屋の礎として井上商店を作りました。
当時銀行がない頃、起業家にお金を貸したりもしていたそうです。
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第3代の亀岡商工会会長で昭和38年10月~47年5月までの約9年間の長期会長を勤め、亀岡商工業の近代化を目指すには企業誘致しかないと当時商店街は大反対でしたが西友を亀岡に誘致することを推進させました。
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その後大ブレークしてびっくりしましたが(笑)
のどかな駅前の一面田園地帯にペリーの黒船がやってくるようなものです。
当時、私も多感な子どもでしたが自宅に脅迫電話がかかってきたりして、家の中が大変だった事を今でも覚えています。
情報を事前にキャッチした業者は駅前周辺の土地を買いあさりましたが、うちの祖父はインサイダー取引のような事には一切手を出しませんでした。
だから今の私があるのです。
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私の祖父は尊敬できる立派な事業家で野心があり、夢は商工会を商工会議所に格上げすることでした。
そのための準備を勧めそして念願の初代会議所は次ぎの世代にバトンタッチして席を譲りました。
私に文才があれば小説でも書いて橋田壽賀子脚本のNHKドラマになるくらいネタ満載、男前の人生です。
その後、私のオヤジが苦労して株式会社を設立し、酒類問屋の免許を取得し、キリンビールとアサヒビールの特約店は京滋で井上商店だけであったかもしれません。
私が生まれる以前から半世紀以上続けていた仕事なので物心ついた頃からお酒に囲まれた生活でした。

私のオヤジはまた祖父とは全く違う性格で肩書きや役は大嫌いでした。
学生時代京商の豆タンクと呼ばれ、当時の山陰線の中では名の知れた悪で喧嘩に明け暮れていました。
義理人情に厚い人間でどんな人でも平等に付き合いのできる人間で一度決めた店で最後まで買い続ける義理堅い人間でした。
私がアウトロ-に憧れるのは心の暖かい人間が多いのです。
毎朝、会社の前に水を撒くのか日課でした。

復活当選を何誰よりも喜んでいてくれたと思います。

全盛期の頃は3t半のロングを2台、2t2台、その他にも軽バンがあり活気がありました。
私は小学生の頃から夏休みになればアルバイトでトラックの横に乗り、荷台の上で昼寝をしたり今となっては楽しい思い出です。
多くの人に育ててもらいました、感謝しています。
おじいちゃん、オヤジ、ご先祖さん、社員の皆さん、得意先の皆さん全てに感謝感謝、それに暖簾を守り続けたお袋、兄夫婦にも感謝です。
ありがとう。

いずれ落ち着いたら商売をさせていただいたお礼を言いに得意先を回りたいと思います。

この仕事をしていますと色々と人から言われます。
言われてなんぼの世界です。
自分の店の仕事を取るために立候補したとか商売があかんさかいに職探し・・・そんな甘いもんやないです。
ひどい噂になれば嫁に逃げられたとか(笑)
落選中には飲み屋で客に「あいつ落選した酒屋や」とかも言われたことがあります。
シャッターが閉まっていたら倒産したとか破産したとか噂する人もいるかも知れませんが真実は一つです。
正しいと思うことをやり続けるしかありません。
過去を振り返ることなく未来は創るものだと信じ、今を精一杯生きたいと思います。
どうせ生きるのなら楽しく生きたいと思います。
名誉や地位やお金なんて関係ありません、自分が楽しい

どうです、幸せそうでしょ(笑)
2012-02-04 07:41
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コメント(11)








長い間 お世話になりました。
こちらも 開業しまして 26年になりました。
いい時代は 終わりました。
真面目に コツコツと 正直に働いておれば
いいことが有りますよ と 昔の人は言っておりましたが
今の時代は 馬鹿を 見るそうですね ・・・
だんだん 人が信じられなくなってきて
引きこもりやうつ病になって行くのかも知れませんね。
日本も 大変な重い 病気なのかもしれません。
行き過ぎた 便利さよりは
やさしい 思いやりのある 社会になって貰いたいですね
これからの 井上さんの活躍を お祈りしておりますね ♪
by コトブキヤ (2012-02-05 13:05)
そうですね、ありがとうございました。
26年、もうそないなりますか?
寂しい反面、ほっとした反面複雑な心境です。
でもやっぱり寂しいです。
思いやりのある社会になってほしいですね。
思いやりは便利さや豊かさと反比例するみたいですね。
by kochan (2012-02-05 16:02)
老舗酒屋問屋が無くなるは寂しい事です
昔はお中元やお歳暮で酒類を送るのも酒屋問屋から発注しました近所で棟上げや夏祭りがあれば注文をすれば配達してくれましたツケも効く時代でした平成に入ってからはディスカウントショップの進出やコンビニから発注出来るようになったりインターネットから注文出来たりと酒屋問屋の時代は必要無くなったかもしれませんねお爺さんの代から地域の人にひたしまられた初代井上商店さんお疲れ様でした近い将来酒屋問屋が必要になる時代が来るかもしれません。
by 安泰 (2012-02-05 18:37)
お疲れ様でした。
浅はかなコメントはできないのですが、写真に、寂しさは出ていますよ。
形はなくなっても、思い継がれるものがあれば良いですね。
by king (2012-02-05 21:10)
ご心配いただきありがとうございます。
今日でで最後なんだと思うと残さねばと必死でシャッター切りました。
やっぱり写真は正直で寂しそうな目をしています。
家族の話はするなと言われていますが、私のブログを読んで嫁が涙声で、「家族っていいなーっ」て思いました。
思い出や喜びや悲しみを共有できるのは家族だけです。
若い嫁をもらう芸能人を見てある意味うらやましくもあり、うらやましいとは思いません。
また一から思いで作りは時間がかかりすぎます。
苦楽を共にする・・・
大切にしなければと思います。
by kochan (2012-02-05 23:11)
お爺さんの!そしてお父さんの2代続けて築き上げた老舗に幕を下ろすゲゲゲの女房のワンシーンを見てるみたいです従業員さんの失業保証とか労務整理とか大変そうですね?井上さんや会社の役員になってるご兄弟さんの今後はどうなるんですか今、所有してる会社兼倉庫手離さずそのままですか?それとも不動産処理の為売却しちゃうんですか?
by 安泰 (2012-02-06 19:12)
今は何も考えていませんが、いずれ早いうちに固定資産税は事業をする、しないにかかわらずかかりますので、売却、倉庫をどこかに貸す方向で考えねばなりません。
大きな負債を抱えての廃業ではありませんので売却を急ぐ必要はないので後者の可能性が高いと思います。
いずれにせよ家族で相談して決めなければなりません。
自分の事で精一杯です。
by kochan (2012-02-07 23:42)
創業者であるお爺さんが前進である井上商店を築きあげそして二代目であるお父さんが株式会社として大きくしてくれたんですねきっと天国から自主廃業とゆう正しい道をお爺さんとお父さんが井上さんや!役員であるご兄弟さんに選択させたんでしょうね。
by 安泰 (2012-02-08 20:50)
先祖も財産を食いつぶすまで事業を続けることを望んでいなかったと思います。
よくここまで頑張ったときっと言ってくれていると思います。
それにしても最近になって自主廃業や破産して店を閉めるところが増えてきました。
真面目に働くものが隅に追いやられ、大手スーパーやチェーン店を優遇する国策であるので仕方ないのですが、国会議員や公務員には商店街の悲鳴は届いていないと思います。
大きなところや組織を大切にする、政治の世界もそうですね、政党やセクト主義、会派に属さない議員は私一人になりましたが、個人商店の代表として大きな組織にはできない小さな声無き声の代表者として頑張りたいと思います。
by kochan (2012-02-09 07:54)
初代井上商店は長い歴史に幕を下ろした訳ですが復刻版井上商店(新生井上商店が幕を上げる事)を今の子供達が大人になった時に立ち上げてくれるでしょう。
by 安泰 (2012-02-09 21:35)
いや~子どもたちはこの仕事は無理でしょう、何か違った商売で起業するなら別ですが・・・。
子どもには出世を望まない公務員になって万年主任でぶらさがっているのが一番と言ってます(笑)
しかし、その公務員ですが昔と違い今は狭き門です。
by kochan (2012-02-10 18:15)